大判例

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大阪高等裁判所 平成5年(う)273号 判決 1993年8月24日

本店所在地

大阪府松原市丹南一丁目三一五番地

法人の名称

太平洋企業株式会社

代表者住居

大阪府羽曳野市羽曳が岡五丁目一一番八号

代表者

安田保夫こと田漢國

国籍

韓国(慶尚北道義城郡丹密面竜谷洞一二三九)

住居

大阪府羽曳野市羽曳が丘五丁目一一番八号

会社役員

安田保夫こと 田漢國

一九三三年六月一八日生

国籍

韓国(慶尚北道軍威郡孝令面梧川洞)

住居

奈良県香芝市関屋北五丁目二番二五号

会社役員

山本永万こと 朴永万

一九四六年一月一六日生

右太平洋企業株式会社に対する法人税法違反、右田漢國に対する法人税法違反、所得税法違反、右朴永万に対する所得税法違反各被告事件について、平成五年一月二九日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立があったので、次のとおり判決する。

検察官 上野富司 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡邊俶治、田村彌太郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑、ことに罰金刑が重すぎるというものである。

しかし、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討しても、原判決が量刑の理由として説示するところにより量定した各刑はいずれも相当であり、弁護人は、共同経営事業所得分の脱税額につき、脱税の具体的共謀が存在しない本件のような事案では、責任の範囲とは別に、その脱税額の二分の一を量刑の基礎とすべきであったのに、原判決は脱税額全部を量刑の基礎にしている点で、脱税額を二重に評価するという誤りを犯している旨主張するが、量刑は責任を負う脱税額全部に基づくべきものであるから、右主張は採用できず、その他所論の諸事情を検討しても、原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 裁判官 寺田幸雄)

平成五年(う)第二七三号

○ 控訴趣意書

<1> 法人税法違反

<2> 所得税法違反

<1> 被告人 太平洋企業株式会社

<1>、<2> 被告人 安田こと 田漢国

<2> 同 山本こと 朴永万

右被告人らに対する頭書被告事件につき、平成五年一月二九日、大阪地方裁判所第一二刑事部が言い渡した判決に対し、弁護人から申立てた控訴の理由は左記のとおりである。

平成五年五月一〇日

右弁護人弁護士 渡邊俶治

同 田村彌太郎

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、被告人太平洋企業株式会社を罰金二〇〇〇万円に、被告人田漢国を懲役二年及び罰金四〇〇〇万円に、被告人朴永万を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処し、懲役刑については三年間刑の執行猶予を言渡したが、被告人らの逋脱額、逋脱率及び本件以前における納税状況ならびにその他の諸般の情状を考慮すれば量刑、殊に罰金刑において重きに失し不当であって到底破棄を免れないと信ずる。

以下その理由を述べる。

一、本件被告人らの逋脱率が低いこと

被告人らの逋脱税率は原審弁論においても指摘したところであるが、被告会社にあっては、三年間の平均逋脱税率は四一・五パーセント、被告人田にあっては二年間の平均逋脱税率は四九パーセント、被告人朴においては二年間の平均逋脱税率は五七・五パーセントであって通常の脱税事犯において公訴提起された事例の逋脱率が八〇パーセントを超えるのと対比すればその逋脱率は著しく低い。

所得税及び法人税等、税法違反事件における処罰の目的が、国庫に及ぼす金銭の損失の防止と租税均衡負担義務の侵害行為に対する非難にあるとされ、処罰の要因として重要なものは逋脱税額と逋脱率であるとするならば、本件における被告人らの逋脱率がいずれも五〇パーセントにすぎない点は、量刑上被告人らに有利な情状として考慮されるべきであるにも拘らず、原判決はその量刑の理由において、各被告人らの平均逋脱率を摘示しながらその逋脱率が一般の脱税事犯に比し低いことを全く顧慮することなく脱税額のみを量刑評価の対象として「脱税額は非常に多額に及び、その刑事責任は決して軽いものではない」と述べている。しかしながら原判決は、脱税額の点について、のちに述べるように被告人田と被告人朴の両名共同にかかる事業分についてその脱税額を二重に評価するというあやまりをおかしており、脱税額が多額であっても、脱税率が低いということは、納税額も又多額であることを示すものであり逋脱率の高低が納税意欲の有無を評価する指標として重視されるべきものである。

原判決はその「量刑の理由」において、

「被告人田の本件判示にかかる脱税金額についてみると、被告会社に関しては総額九九二八万円(その平均逋脱率は三七・三パーセント)であり、個人で経営する事業所得に関しては、約一億七三四一万円(平均逋脱率は五一・五パーセント)、共同経営にかかる被告人朴の事業所得に関しては、約六二二八万円(平均逋脱率は五四パーセント)になり、総額三億三四九九万円である。また、被告人朴の本件判示にかかる脱税金額は、被告人田との共同経営にかかる被告人田の事業所得に関しては約六三六八万七二〇〇円(平均逋脱率は一八・九パーセント)、被告人朴個人の事業所得に関しては、約六九六六万円(平均逋脱率は六〇・四パーセント)であり、その総額は一億三三三四万円になる。」

と述べてその脱税額は非常に多額に及ぶと非難している。

しかしながら右脱税額は被告人田と被告人朴の共同経営にかかる「弁慶家」及び「フェニックス」二店における脱税について、それが共謀によるものであるがゆえに被告人各自の脱税額に、被告人田については被告人朴の所得分を、被告人朴については被告人田の所得分をそれぞれ合算したことに基づくものであり、両名の実際の脱税額は左表のとおり、被告人田にあっては、被告会社分と被告人田の個人所得を合算しても二億七二七〇万五〇〇〇円で個人所得分のみであれば、一億七三四一万円であって、被告人朴にあっては六九六六万六〇〇〇円であり、この金額が罰金量刑の対象とされるべきものである。

太平洋企業株式会社

<省略>

田漢国

<省略>

朴永万

<省略>

共同経営であるがゆえに、一方が他の一方の脱税に対しても責任を負うこととなることについて異論はないが、本件にあってはその共同経営の実体なるものは経費及び収益を各二分の一とするという合意にとどまり、被告人田と被告人朴の間においてそれ以上の脱税についての具体的共謀は全く存しないのであって、その内容は被告人田の平成二年五月一〇日付質問てん末書によると

問一二、山本永万さんとの共同店舗分の売上除外をされたことについてどのような相談をされたのですか。

答、 フェニックスができて、これが軌道に乗りだしたころですが、そこそこもうかってきだしたので、特にいくら売上除外をしようと相談したとか、私の方から除外せよと指示したこともないのですが、義弟と私の間ですので、なんとなく売上除外をして所得を少なくするということがまとまった状態です。

という、甚だ曖昧なものであり、被告人田と被告人朴の両者間においては、収益を二分の一宛とすることの相談はあっても、配分後の収益について各自がそれを税務上どのように処理するかについてはお互いに関知しないところであるから、その量刑ことに罰金刑を科するにあたっては各自の具体的脱税額を対象として罰金を科するのが合理的であろう。

そうでなければ、共同経営にかかる事業についての罰金は、二重に科せられるという甚だ酷な結果となる。

二、被告人らが過去に優良納税者であったことが量刑上考慮されるべきであること

(1) 被告人田は、昭和五〇年、その住居地管轄税務署である八尾税務署に納税協力のため、在日韓国人を組織して納税経友会を作り昭和五八年までは同会副会長、その後は顧問として納税意識の高揚に努め、さらに又、被告人田が経営する飲料水販売を目的とするネスコベンディング株式会社は、毎年適正申告を行ない、法人税八〇〇〇万円以上を納付していたところから、優良法人の指定を受けたこともあって、昭和五三年には同会社所在の西成税務署において社団法人西成納税協会の評議員の委嘱を受けて活動するなど納税協力を重ねると共に、その納税実績は昭和五〇年ころ以降、毎年八尾税務署管内において常に高額納税者の上位を占め、殊に昭和五八年度には大阪府下で八位、八尾税務署管内では第一位で一億八八二一万円もの高額納税を果たし(弁第八号証)、続いて昭和五九年度には一億二七〇〇万円の納税により八尾税務署管内で第二位(弁第九号証)、さらに昭和六〇年度にも、一億一〇〇〇万円の納税により同管内で第二位(弁第一〇号証)の高額所得税を納付するなど国庫収入に多大の貢献をなし、本件発生後の平成二年度においても二億円余の所得税を納付(弁第六号証)するなど、その高額納税の納付継続の姿勢はまことに賞讃に価するものがある。

国家は国民の納税によりその財政基盤が支えられ、国民等しく納税の義務を負うものではあるが、その国家財政維持のための租税の均衡負担義務が、只、多く稼いだ者はより多くの税金を支払い、少ない所得の者はより少ない税金の納付で足りるということのみにとどまるとすれば、努力と才覚によって大きな利益をあげた者は努力したことが悔やまれる程の納税を強いられ、怠惰に明け暮れておよそ納税など無縁にすごした者が社会福祉の名の下に国家によって救済されることを要求するという、まことに不公平な結果を招くこととなる。

被告人田がこれまで十数年間に亘り高額納税者として納付を重ねてきた所得税額は、先に指摘するように昭和五八年から同六〇年までの三年と平成二年度の四年分のみでも六億円を超えることからすればその合計は優に一〇億円を超えることは明らかであり、それは通常のサラリーマン数十人がその一生涯に納付する所得税合計額に相当するものであって、被告人田は個人として、国庫収入に対しサラリーマン数十人分以上の貢献をしてきたと評価しうるのである。このような長年に亘る優良な高額納税の実績の存在は本件の量刑にあたって十二分に考慮されるべきものと思料する。

加えて、被告人の経営する飲料水自動販売機器及び飲料水販売を事業目的とするネスコベンディング株式会社は、毎年度八〇〇〇万円以上の法人税納税をなし、その適正な申告内容から優良法人の指定を受けているほどであって、被告人経営の他企業においても適正納税が尽くされており、被告人の逋脱は遊技場経営部門の内の一部にとどまる点も、これまでの納税の実績とその納税に対する姿勢にてらし、量刑上被告人に有利な情状として考慮されるべきものである。

(2) 被告人朴についてみても、昭和五二年法人名義で二店舗、個人名義で一店舗の計三店の、遊技場開設以来、今日まで六、七回の所轄税務署による調査を受けながら、その内修正申告の必要が生じたのは、減価償却の誤りによる一回のみで、それ以外はすべて適正申告として承認されてきており、本件逋脱の対象となった被告人田との共同経営にかかる二店舗についても一店は昭和五八年、他は昭和六二年の開設にかかるもので、開店後はいずれも適正に申告しながら、昭和六三年度と平成元年度の二年度に亘り脱税が生じたのは、同年度に施行された消費税が、その前年度より売上税として論議され売上げに対する三パーセントの税率として課税されるにおいては赤字にならざるを得ないと危惧した被告人らにおいて之に対処すべく売上脱漏を図ったのが主たる動機であって、過去の納税義務の履行について欠けるところはないのである。

本件以後においても、被告人は、平成二年度において四、二九六万円余の所得税を、平成三年度においては七七三一万円の所得税をそれぞれ完納し国庫収入に対し多大の貢献をしているのである。

逋脱犯処罰の目的の一つに租税均衡義務の侵害行為に対する非難をあげるのであれば、被告人両名の過去の優良な納税実績は量刑上、被告人らにとって有利な情状として評価されるべきは当然のことであり、そうでなければ、過去にどれほど納税義務を尽くしても、一回の逋脱が生じたときは、過去に全く納税義務を履行したことのないものの逋脱事犯と全く同様の量刑をもってのぞむというまことに不公平、不均衡な結果を招来することとなるのであり、本件における原判決の量刑はその情状を全く考慮しないものというほかない。逋脱犯の処罰により、脱税は割に合わないことを認識させ、納税義務の履行を確実なものとしようとするのであれば、従前から優良納税者として多額の納税を履行してきた被告人らに、その点を評価した量刑を科することこそ、これまで納税義務を履行して良かったと認識させ今後の納税義務の履行確保につながるのである。

三、最近における被告人会社及び被告人田の財政悪化事情について(控訴審において立証)

被告人会社及び被告人田らの金融機関からの平成四年五月末日現在の借入残高が約二一〇億円に及ぶ巨額なものであることは、弁一八号証報告書添付の借入残高証明書によって明らかである。

その内、飲料水等の自販機販売という別業種のネスコベンディング株式会社の借入金約三〇億円を除いた被告人田と、被告会社の借入総額は約一八〇億円のところ、平成五年四月現在その借入残高は被告太平洋企業株式会社が約一三〇億円、被告人田が約四六億円の合計一七六億円となっているが、その使途はハワイのゴルフ場への投資約六四億円、日本国内ゴルフ場への投資約一五億円、事業資金及び不動産購入資金等約九七億円である。

他方、被告会社および被告人田両名の遊戯場経営による年間総売上は約一二〇億円であり、この売上による利益は約九億円存するものの、右借入金による支払金利は年間約一二億円必要なため、年間三億円の赤字計上の止むなきに至っている。

このような有利子負債の増大は、一部に国内ゴルフ場への投資の失敗はあるものの、最大の原因はハワイのゴルフ場への投資資金が、ゴルフ会員権市場の極端な冷え込みにより会員権販売が停止したため回収不能の状態となっていることに基づくものである。

加えて、ゴルフ場の造成工事に当った建設業者に対する残工事代金約四〇億円の支払を迫られ、抵当権実行の通告を受けるに至り、この侭放置するにおいては倒産必至の状勢となったため、被告人らは主取引銀行である三和銀行の協力を得て、ゴルフ場の譲渡及び優良企業であるネスコベンディング株式会社の売却などにより負債約一〇〇億円の軽減を謀り事業の存続を図ろうと懸命の努力をしているところであるが、現今の経済情勢下にあってその交渉も思うように進捗せず、対策に苦慮しているところである。被告人らの経営状態についてみても被告太平洋企業株式会社は、平成四年四月一日から平成五年二月二八日までの決算において、一二二九万七四四〇円の赤字を計上しているがその原因は支払利息が八億八七六三万円もの多きに達していることによるものであり、被告人田においても平成四年度の個人事業所得金額はマイナス一〇二万六三〇七円という赤字を計上し、その財政状態は破綻に瀕している。被告人田が例年一億円以上、年度によっては二億円もの所得税納付を行ってきた過去の実績からすれば、今日の業績悪化は著しいものがあり、金融機関による企業売却の早急な実行が得られないかぎり倒産は必至で、到底罰金の支払能力はないのが実状である。

このような時期にあたり被告人らが過去優良な納税者として多額の納税をしてきたことを評価された量刑を科せられることこそ刑事政策的配慮を充たすものというべきではないか。

何卒、被告人らの窮状に憐憫の情を至され、原判決を破棄してさらに温情ある罰金刑の軽減を賜わるよう懇願する次第である。

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